Wolfgang Laib
Wolfgang Laib

ヴォルフガング・ライプ

Wolfgang Laib

プロフィール

  「生命」とは何かを東洋的思想で追求し、具現する芸術家。牛乳や花粉など、命を育み、それを次世代に橋渡しする物質を素材として用い、オブジェなどを制作する。大学で医学を学んだが、「現代医学は人間の身体についての自然科学にすぎない。大事なのは肉体だけではない」と、生や死、精神の問題も含めた生命の真髄を求め、24歳のときに芸術家へ転身した。両親がインド芸術・文化に興味を持っていた関係で、若いころから一家でインドに長期滞在した経験もあり、東洋の文化や思想に傾注。1975年、白い大理石板の表面をシャーレ状に削って牛乳を満たした《ミルクストーン》を発表して注目を集め、以降、自宅周辺の野山で採集したタンポポなどの花粉や、蜜蝋、米などを使った作品制作に精力的に取り組んでいる。世界各地で展覧会を開いており、1989年に初来日。2003年には東京国立近代美術館などで本格的な回顧展を開いた。

詳しく

  インド独立の父、マハトマ・ガンジーを思わせる丸眼鏡から柔和な目がのぞく。ドイツ南部の村、ビベラッハ近くのアトリエには、椅子や机はなく、無駄な家具は一切ない。その「無」の空間で、片膝を立てて座り込んで作品づくりに没頭する姿は、修行者を見ているようだ。

  「子供のころ、両親がインドの芸術と文化に興味を持っていた関係で、一家でインドに住みました。そこでは、すさまじい貧困を目にし、両親は南インドの村の支援を始めました」。これがすべてではないが、この経験が後の自身の芸術活動に少なからず影響を与えたという。

  18歳から大学で医学を学んだが、「現代医学は、主に人間の身体についての自然科学です。だが、人生において大事なのは肉体だけではないと思いました」と医学に不満を感じ、生や死、精神の問題も含めた生命の真髄を求め、24歳のときに芸術家へ転身した。

  そして半年後に作ったのが、白い大理石板の表面をシャーレ状に削って牛乳を満たした《ミルクストーン》。牛乳は生命を育むものの象徴であり、放置しておけばやがては腐る、すなわち「死」をも象徴する。大理石板に満たされたばかりの純白の牛乳は表面張力で盛り上がり、しばらくは生命の輝きを放っているが、時間の経過とともに腐敗が進み、やがてひとつの作品として「終わり」を迎える。「極めて単純な行為ですが、これが『生命とは何か?』という問いに対する私の答えでした」

  1977年からは、タンポポやハシバミなどの花粉採集を始めた。花粉はもちろん「生命を次代へつなぐもの」の象徴である。自宅周辺の野山で、一つひとつの花から壺へ、丁寧に花粉を落としていく。それは気が遠くなるような作業だが、これも制作活動の一環だという。

 こうして集めた花粉を使って、床一面に撒いたり、《花粉の山》を作ったり。至ってシンプルな造形物だが、その鮮やかな色彩やむせかえるようなにおいは、確かに生命感に満ちている。

  以降、蜜蝋、米など、生命を育み、次世代につなぐものを素材に使った作品の制作に精力的に取り組んでいる。キャロリン夫人の出身地、ニューヨークと南インドにもアトリエを構え、世界各地で展覧会を開いている。1989年に初来日、2003年には東京国立近代美術館などで大がかりな回顧展を開いた。

  日本からも影響を受け、《阿弥陀仏の山越え》と《涅槃にいる仏陀》の二枚の絵はがきを今も大事にしている。いずれも「生」と「死」のはざまで苦しむ人間の魂を救済するもので、「これは医者にはできないこと。医学をはるかに超えた叡智です」と目を輝かせながら語った。

略歴


1950 ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州のメッツィンゲンで生まれる

1968 テュービンゲン大学で医学部に入学

1974 博士号を取得するが、芸術家への転身を決意

1975 初めて《ミルク・ストーン》を発表

1976 シュトゥットガルトで初個展開催

1977 初めて花粉を採取、作品にする

1983 米を使った最初の作品

1987 蜜蝋の最初の作品

1988 蜜蝋の部屋を初めて制作

1989 初来日。『現代美術への視点-色彩とモノクローム』展(京都国立近代美術館)に出展
1990 ワタリウム美術館での3人展に出品、来日。

2000 ハーシュホーン美術館(ワシントン)などアメリカで大規模な回顧展開催

2002 ビルマ漆を使った作品の制作開始

2003 日本における本格的な回顧展が国立近代美術館、豊田市美術館、丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催

2005 『ヴォルフガング・ライプ、はかなきものは永遠なり』展(バーゼル)

2013 MoMAで『ヴォルフガング・ライプ』展

2014 アンゼルム・キーファーのアトリエ敷地(仏南部)に大規模な蜜蝋の部屋《既知から未知へ − あなたのお告げが導く場所は?》を制作