リチャード・ハミルトン

Richard Hamilton

プロフィール

  1922年ロンドン生まれ。複数の美術学校で学んだあと芸術家としての活動をはじめる。1956年、アメリカに先駆けてポップ・アートの幕開けとされるコラージュ「いったい何が今日の家庭をこれほど変え、魅力的にしているのか?」を制作、その後も版画やコラージュ、デザインなどジャンルを超えた多様な創作活動を続ける。反芸術を標榜したマルセル・デュシャンを信奉。政治的メッセージを出すこともあり、最近では、ガンマン姿のトニー・ブレア前英首相を描いた「衝撃と畏怖」を制作、イラク戦争へのイギリスの派兵を批判した。ロンドン近郊のオックスフォードシャーの自宅兼アトリエには、大型のプリント機械やコンピューターを備え、創作意欲は衰えていない。

詳しく

  アメリカのポップ・アーティスト、ロバート・ラウシェンバーグやアンディ・ウォーホルに先駆けて、1950年代にイギリスで、ポップ・アートの幕開けとされるコラージュを制作した。その後、版画やコラージュ、デザインなどジャンルを超えた多様な創作活動を続けている。
複数の美術学校で学んだ後、芸術家としての活動を始め、1950年代にロンドンの芸術家、批評家が文化を研究する集団「インディペンデント・グループ」で重要な役割を果たす。その企画展「これが明日だ」のカタログ用に制作したコラージュ「いったい何が今日の家庭をこれほど変え、魅力的にしているのか?」(1956)で、一躍、ポップ・アートの“生みの親”に。家電製品の雑誌や広告の写真に、ボディビルダーの男性などを加えて構成され、大衆消費文化の象徴的な物品にあふれた居間が表現されている。
当時、ハミルトン自身がポップ・アートについて「通俗的、一過性、使い捨て、低価格、大量生産的、若者向け、機知があり、セクシーでトリックがあり、華やかでビッグビジネス」と定義したが、今でも「この定義は、実に多くのアーティストが受け入れるようになり、きわめて正確だったと思う」と語る。
マスメディアや大衆消費社会を取り扱うハミルトンの作品は、現代文化や芸術に対する称賛なのか、あるいは批判なのか、という問いに対しては、「そのどちらでもない」と中立的な立場を強調するが、「現実の肯定」という面もある。
反芸術を標榜したフランス出身の美術家、マルセル・デュシャンを信奉し、彼のガラス製オブジェを「再構成」したほか、車などの消費物やマリリン・モンロー、ミック・ジャガーなどのスターを対象にした作品には、デュシャンのように偶像破壊的な作風も見られる。
作品を通じて、政治的デモンストレーションも行っており、2008年夏のスコットランドの展示会では、トニー・ブレア前英首相が両手に銃を持つガンマン姿の作品「衝撃と畏怖」を発表、イラク戦争に対するイギリスの派兵を批判した。

近年の自分自身を「隠遁者」と表現するが、最近はコンピューターによる制作も増えている。ロンドン近郊のオックスフォードシャーに広大な敷地を構える自宅兼アトリエには、大型のプリント機械や何台ものコンピューターを備え、創作への情熱は衰えていない。

 

2011年9月13日、英国内にて逝去

 

略歴

  1922 ロンドンに生まれる
  1938-40 ロイヤル・アカデミー・スクールズで絵画を学ぶ
  1941-45 製図工として働く
  1948-51 スレード美術学校(ロンドン)に学ぶ
  1956 コラージュ「一体何が今日の家庭をこれほどに変え、魅力あるものにしているのか?」を制作
  1965 マルセル・デュシャンの作品の再構成を始める
  1966 テートギャラリーでデュシャンの回顧展を企画
  1968 ポラロイド撮影による自画像シリーズの制作開始
ビートルズの「ホワイトアルバム」のジャケットをデザイン
  1974 初めて日本訪問
  1983 テートギャラリー(ロンドン)企画の版画展「リチャード・ハミルトン:イメージとプロセス 1952−1982」を各地で開催
  1984 スウェーデンのコンピューター会社のコンピューターのデザインを始める
(1989年に最初のモデルが完成)
  1987 BBC放送のためにクァンテル・コンピューターグラフィックスに関するフィルム「ペインティング・ウィズ・ライト」を作成
  1992 テートギャラリーで回顧展
  1993 ヴェネチア・ビエンナーレに英国代表として参加、金獅子賞を受賞
  2003 ケルンのルートヴィヒ美術館で「自己反省」と題する作品展
  2008 スコットランドで「プロテスト」をテーマにした個展
  2011   9月13日、英国内にて逝去