ヘンリー・ムーア、
アンソニー・カロら世界的彫刻家を多数輩出してきたイギリス彫刻界にあって、彫刻の古典的主題「身体」に新たな解釈を吹き込み、現在、最も注目される彫刻家だ。
作品制作は常に、自らの身体が基本となる。体に石膏を塗って型を取り、金属を流し込むなどして人体像を作る。像は表情を示さず、西洋の古典彫刻のように劇的な動作も表さない。寡黙な像は人の姿を表すというより、精神的な存在としての人間を感じさせる。
イギリス北西部リヴァプール近郊のクロスビー・ビーチ。ここに恒久設置されたインスタレーション《アナザー・プレイス》(1997)がゴームリー彫刻の本質を物語る。3キロに及ぶ海岸線に、沖に向いて点々と配された100体の人体像。西欧の歴史では、海岸は新世界に向けて広がる希望の場だった。見る人の心は、潮の干満とともに水中に没したり現れたりする像に入り込み、海という場の時空の記憶を受け取るのだ。
「身体は物体ではなく、我々が住む場所」―。生涯にわたって作品のテーマとするこの考えは、東洋で培われた。ロンドンに生まれ、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジで考古学、人類学、美術史を学んだ。薬剤師で、アジアなどで薬を開発していた父の影響によりインドに興味を持ち、1970年代初めにインドとスリランカで3年間、仏教を学ぶ。
「自分が身体という空間で生きていることに気づきました。自らの外に目を向ける西洋の思想とは違い、外に対象を持たない意識へと導かれたのです。その世界観が作品の種になっています」
自身の身体から型を取った作品は1980年代初頭から評価を得て、現在ではヨーロッパはもとより、アジアやオーストラリアなどにも恒久設置されている。
1980年代末からは、一つの場を数十万体の小さな土人形で埋め尽くすプロジェクト《フィールド》を世界各地で展開している。多くの共同制作者を募り、目があり自立するだけの簡単な人形を作ってもらう。自らの身体を使った制作と並行し、集団としての人間の未来と可能性を見つめる試みだ。
「身体は誰もが持つ最高のスペースシップ(宇宙船)」と言い、アトリエには自転車で通うなど日頃から身体を動かすのを欠かさない。身長193センチの頑丈な身体を舞台に、高い精神性を持った創作を続ける。昨年8月から今年3月まで、神奈川県立近代美術館葉山館で2体の人体像の屋外展示『TWO TIMES−ふたつの時間』を行った。