| レナード・バーンスタイン Leonard Bernstein |
| 1990, 音楽部門 |
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略歴 19188月25日、マサチューセッツ州ローレンスに生まれる。少年時代からピアノのレッスンを受ける 1939 ハーバード大学卒業。同大学ではウォルター・ピストン、エドワード・バーリンガム・ヒル、ティルマン・メリットに学ぶ。カーティス音楽院でイザベラ・ヴェンジェロヴァにピアノを、フリッツ・ライナーに指揮を、ランドール・トンプソンに作曲を学ぶ(-41) 1940 タングルウッドでセルゲイ・クーセヴィッキーの助手をつとめる 1943 ニューヨーク・フィルハーモニーのアシスタント・コンダクターに就任(-44)。11月13日、急病のブルーノ・ワルターの代役としてニューヨーク・フィルハーモニーをカーネギー・ホールで指揮、大成功をおさめる。世界各地のオーケストラから客演指揮者として招かれる 1944 交響曲第1番「エレミア」 1945-47 ニューヨーク市交響楽団音楽監督 1949 第2作目の交響曲「不安の時代」をクーセヴィツキー指揮、バーンスタイン自身のピアノで演奏 1951 ブランダイス大学指揮学部長(-56)。クーセヴィツキーの死後、タングルウッドのオーケストラおよび指揮学部を受け継ぎ夏期講習を開催 1953 ミラノのスカラ座歌劇場に招待され、マリア・カラス主演の「メディア」(ケルビーニ作曲)をアメリカ人として初めて指揮する 1957 「ウェストサイド物語」 1958 ニューヨーク・フィルハーモニーの音楽監督に就任(-69)。「ヤング・ピープルズ・コンサート」開始(-72) 1959 著作「音楽の喜び」 1963 ボストン交響楽団、クーセヴィツキー財団の依頼で3番目の交響曲「カディッシュ」を作曲。これはジョン・F・ケネディーに捧げられた 1966 著作「音楽の限りない多様性」 1976 アメリカ建国200年祭の海外演奏旅行を行う 1982 著作「発見(Findings)」 1987 ロンドン交響楽団名誉団長就任 1989 ナチのポーランド侵略50年にあたり、ワルシャワでコンサートを行う 1990 高松宮殿下記念世界文化賞・音楽部門受賞。10月14日、死去 主な作品 1944 バレエ「ファンシー・フリー」 ミュージカル「オン・ザ・タウン」 1946 バレエ「ファクシミリ」 1951 オペラ「トラブル・イン・タヒチ」 1953 ミュージカル「ワンダフル・タウン」 1954 アカデミー賞受賞「波止場」の映画音楽作曲 ミュージカル「ピーターパン」 1955 ミュージカル「ひばり」 1956 ミュージカル「キャンディード」 1957 ミュージカル「ウエストサイド物語」 1971 歌手、俳優、ダンサーのための劇場用作品「ミサ」 1974 コーラス、ボーイソプラノ、オーケストラのための「チチェスター 賛歌」 1977 オーケストラのための序曲「スラヴァ」 6人の歌手とオーケストラのためのアメリカ詩の連作「ソングフェスト」 1983 オペラ「ア・クアイエット・プレイス」 1988 歌手と打楽器のための「ミサ・プレヴィス」 1989 2台のピアノと2人の歌手のための「アリアとバルカロール」 オーケストラのための協奏曲「ジュビリー・ゲームズ」
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