ダニ・カラヴァン       Dani Karavan
1998, 彫刻部門
  イスラエルの彫刻家、ダニ・カラヴァンは周囲の環境と一体となった壮大な彫刻で知られている。
 1930年、テルアビブに生まれた。根源的なインスピレーションを与えるのはイスラエルという土地だ、とカラヴァンは語る。
 「1個の石、1片の土地がそれぞれ皆記憶に満たされ、一歩を踏み出すごとに数十年、数百年、数千年を振り返ることになる場所に生まれた」
 母国の美術学校で学んだ後、フィレンツェでフレスコ画の技法を習得。初期の仕事にはマーサ・グラハム、ジャン・カルロ・メノッティのための舞台美術や建築空間のために作られたレリーフがある。そうした異分野の仕事を経て1963年に、記念碑的彫刻となった『ネゲヴ記念碑』の制作を依頼された。
 テルアビブから車で1時間ほど走った砂漠の高台にある『ネゲヴ記念碑』は巨大なコンクリートのモニュメントだ。球体があったり、トンネルがあったり、塔があったりする。球体や塔に入ると、光が差し込み、風の音を聞くことができる。「私の作品はほかの場所に移せば死んでしまう。置かれた場所で息づくのだ。私の作品は中を歩いたり、音を聴いたり、においをかいだり、全身の五感を働かせてみてほしい」とカラヴァンはいう。
 大きな影響を受けた芸術家としてジャコメッティとイサム・ノグチの名をあげる。また、彼の活動には「父の影響が大きい」という。父親はイスラエルで多くの公園を手がけた著名な造園家だった。だから、ダニ・カラヴァンの仕事は彫刻の範囲を超えて、「環境」をつくるのだ。その代表作がパリ近郊の都市、セルジ=ポントワーズにある『大都市軸』だ。最大幅142メートル、全長3キロにおよぶ。スペインの建築家、リカルド・ボフィール設計のポスト・モダンの神殿風の集合住宅や広場と一体化している。作品の一部である展望塔に登ると、コンクリートに刻まれた溝(軸線)が走るのが見てとれる。12本の円柱や池には小さなピラミッドもあり、壮大で荘厳な作品だ。これは1980年から建設がはじまり、いまだに続いている。ひとつの作品をつくるのに長い年月を費やすのも特徴である。
 ユダヤ人のカラヴァンにとって、平和への願いは切実である。それゆえ多くの作品に平和の象徴のオリーブの木や生命誕生の源である水を配している。
 そうした自然を作品に取り込んだ代表作が『パサージュ ヴァルター・ベンヤミンへのオマージュ』(1994)だ。ドイツ生まれのユダヤ人哲学者、ベンヤミン(1892-1941)がナチの手から逃れるうちに自殺したスペインのフランス国境の町、ポルト・ボウにあるこの作品は、ベンヤミンが埋葬されている共同墓地に隣接し、地中海を見下ろす海岸の切り立った崖の上にある。
 海に向かって突き出たコールテン鋼の33メートルのトンネル。地上に姿をみせるのは入り口だけ。赤茶けたトンネルを降りていくと、突然天井が開け、陽光が差し込み、さらに降りると紺碧の海が現われ、眼前に波しぶきが迫ってくる。赤茶けた鉄と青い海の色彩のコントラストが鮮やかだ。トンネルの底のガラスにはベンヤミンの言葉が記されている。ここを訪れる人たちはトンネルを降りながらベンヤミンを追憶する巡礼の旅をすることになる。
 さらにトンネルの背後にも、小さなコールテン鋼の階段がある。わずか5段で途絶えた小さな階段は、目的を失った人の悲しみを象徴しているかのようなオブジェと化している。トンネルや階段は行き場を失ったベンヤミンの姿を連想させるのである。階段横にはオリーブの木も植えられ、平和への思いが込められる。
 1988年にカラヴァンは初めて日本を訪れ、日本文化に深い感銘を受けた。彼は後にこう言っている。「私は鏡をのぞき込んで自分自身の内面を見たような気がした。たぶんその理由は、アジアは私の大陸であり、私の根はいつもこの大地に触れており、そのエネルギーを身体を通して上へと運んでいたからだ。日本で私は聖なるものに触れようと試み、“間”という日本の概念に触れようとした」
 日本では1994年から95年にかけて神奈川県立近代美術館など7つの美術館でインスタレーションがおこなわれた。常設作品としては宮城県美術館の『マアヤン』(1995)や大阪の長居陸上競技場の『高きへ』(1997)、札幌の芸術の森美術館での環境彫刻『隠された庭』(1999)がある。

渋沢和彦