プレスリリース
2001/09/14
(財)日本美術協会



第13回高松宮殿下記念世界文化賞受賞者発表
米・劇作家、アーサー・ミラー氏ら5名に決定


  世界の優れた芸術家に贈られる高松宮殿下記念世界文化賞(財団法人・日本美術協会主催)の第13回受賞者が、9月13日(日本時間14日午前3時)、パリを主会場に東京、ロンドン、ニューヨーク、ローマ、ベルリンの6都市で一斉に発表されます。
 受賞者は、半世紀にわたり世界中で上演され続けている「セールスマンの死」や「るつぼ」などの舞台作品で知られるアメリカの社会派劇作家、アーサー・ミラー氏ら5部門5氏です。
 主会場のパリには、リ・ウーファン、マルタ・パン、オーネット・コールマン、アーサー・ミラーの4氏がかけつけ、9月14日午後、市内のホテルで合同記者会見を行います。
 また、10月25日の授賞式の際には受賞者全員が来日し、記者会見や講演会が行われます。

各部門の受賞者は、以下の通りです。

■絵画部門 :  李禹煥 リ ウファン(韓国 65歳)
書のような作風で絵画の原点を問う「余白」の発見が評価された画家

■彫刻部門 :  マルタ・パン (フランス 78歳)
合成樹脂素材で水に浮かぶ「水上彫刻」という新分野を築いた彫刻家

■建築部門 :  ジャン・ヌーヴェル (フランス 56歳)
ハイテク機能を駆使し光と影を操作した壮大な作品を得意とする建築家

■音楽部門 :  オーネット・コールマン (アメリカ 71歳)
自由な感性で、フリージャズの道を切り開いた前衛的サキフォン奏者

■演劇・映像部門: アーサー・ミラー (アメリカ 85歳)
半世紀にかけ世界中で上演され続けている「セールスマンの死」の劇作家




日本美術協会(常陸宮殿下総裁、瀬島龍三会長)
1887年、創立された日本で最も歴史ある文化財団で、東京・上野の森美術館を運営し、代々、皇室から総裁をいただいています。

高松宮殿下記念世界文化賞
人々に理解と感動を与え平和の礎となる文化芸術、その発展に貢献した芸術家に感謝を捧げ、功績を称えるもので、「日本は芸術文化で世界に貢献すべき」との前総裁、故高松宮殿下のご遺志を受け、協会創立の百年記念事業として始まりました。昨年までに賞をお贈りした芸術家は62人になりました。

若手芸術家奨励制度
次代を担う若手芸術家を育成するため、個人、団体を対象に奨励金500万円を贈るもので、1997年から始まり、選考は各国際顧問が順番で行っています。

国際顧問
受賞者選考はリヒャルト・フォン・ワイツゼッカー元独大統領や中曽根康弘元首相等6人の国際顧問が主宰する6委員会から推薦され、日本の選考委員会で審議されます。
アメリカ委員会のデイビッド・ロックフェラー・ジュニア国際顧問はこの度、名誉国際顧問となり、後任には元メトロポリタン美術館館長で米国国連協会会長のウィリアム・ルアーズ氏が就任しました。

授賞式
毎年10月末、東京・元赤坂、明治記念館で行われ、総裁の常陸宮殿下から受賞者にメダルが贈られます。賞金各1500万円。今年は10月25日午後5時から行われます。

世界文化賞ホームページ
9月14日、大幅にリニューアルします。受賞者たちの作品写真、評論、インタビュー、VTRなど過去の資料が充実し、受賞者や国際顧問のホームページともリンクします。
どうぞ、ご覧ください。http://www.praemiumimperiale.org

お問い合わせ先
(財)日本美術協会  TEL 03-5251-2245 FAX 03-5251-2247
高橋、村上

(株)ティーコムコーポレーション TEL 03-3578-3790 FAX 03-3578-3799
真野、鈴木




      第13回「高松宮殿下記念世界文化賞」受賞者

絵画部門  李 禹煥[リ・ウファン](韓国)
        1936年6月24日生まれ

 韓国に生まれ、20歳で来日。日大哲学科を卒業した後も日本を本拠に絵画、彫刻、版画、評論と活躍している。60伝代から他者との出会いを表現する「モノ派」を提唱。絵画の原点を問う「余白」の発見は大きく評価され97年にはパリで、今年はドイツ・ボンで回顧展が開かれている。多摩美大やパリ国立美大でも教壇に立ち、後進に影響を与えてきた。

彫刻部門  マルタ・パン(フランス)
        1923年6月12日生まれ

 ハンガリー生まれの女性彫刻家。作品は「水上彫刻」といわれる水に浮かぶ赤い鳥のような合成樹脂製のオブジェで知られ、自然との調和を探求している。24歳でパリに出て、彫刻家ブランクーシ、レジェ、建築家ル・コルビジェの影響を受けた。世界各地で個展を開いて国際評価を高め、日本でも箱根・彫刻の森美術館や都庁舎など多くの作品が見られる。

建築部門  ジャン・ヌーヴェル(フランス)
        1945年8月12日生まれ

 アルミやガラス、ステンレスなどハイテク素材を使い、光と影を操作した壮大で美しい作品を手がける気鋭の建築家。代表作は、カメラの絞り機能を応用し館内の明るさ調整機能パネルを壁面に使い、時空を越えた雰囲気を醸し出したパリのアラブ世界研究所(87年)、古い劇場を現代的に改築したリヨン・オペラ座(93年)。東京でも電通本社ビルを建築中。

音楽部門  オーネット・コールマン(アメリカ)
        1930年3月19日生まれ

 自分の内面から湧き出てくる「歌」を自由に表現し、フリー・ジャズを創始したサキソフォーン奏者。独学でサックスと音楽を学んだ。旧来のジャズの世界と全く別の演奏は1958年「サムシングエルス」でデビュー当時、称賛と非難あいなかばしたが、革命的なミュージシャンとして、後進に絶大な影響を与えた。代表作は「フリージャズ」「アメリカの空」。

演劇・映像部門  アーサー・ミラー(アメリカ)
           1915年10月17日生まれ

 1949年初演の舞台「セールスマンの死」は、今日も中国など世界中で上映され続けている。50年代にはアメリカの共産主義排斥運動、マッカーシズムを批判し、中世の魔女狩りをテーマにした「るつぼ」(映画題、クルーシブル)に作品化した。マリリン・モンローと結婚、主演映画「荒馬と女」の脚本も書いた。現夫人はマグナムの写真家、インゲ・モラス。



絵画部門受賞者
李禹煥(リ ウファン)

Lee Ufan
1936年6月24日生 韓国


 東洋の思想と画法、西洋の哲学とテクニック、2つの融合から新しい抽象画の世界を切り拓いた李禹煥(リ ウファン)は、韓国に生まれ、日本に住みながら世界を舞台に活躍する画家です。
 大きなキャンバスに、点や線を描いた絵は洗練された美しさの中に深い精神性を感じさせます。絵画部門の受賞ですが、その活動は彫刻、詩、美術評論と多彩。オールラウンドな芸術家といっていいでしょう。
 1936年、韓国の慶尚南道咸安郡に生まれ、国立ソウル大学を中退後、日本に移り、日本大学文学部哲学科を卒業。本格的に美術の世界に身を投じたのは、それからです。69年に論文「事物から存在へ」を書き、当時、日本で起こった美術運動「モノ派」の主導的役割を果たします。
 その絵画はオリジナリティーに満ちています。白っぽいキャンバスに、黒や藍、朱などの色彩で筆の跡を残すような線や点を描きます。とりわけ、余白に深い意味合いを持たせています。その技法は書道の筆遣いにも似ており、そこに油絵の技法を用いた全く独自のものです。
 70年代初めの「点より」シリーズから、「線より」シリーズ、そして「風と共に」シリーズ、よりシンプルに削ぎ落とされ、余白が重要な意味を持つ「照応」シリーズまで、少しずつ変遷しながら現在のスタイルに到達してきました。
 10年ほど前からパリにアトリエを構え、日本とフランスを行き来しながら創作活動を行っています。ヨーロッパでも、パリの国立ジュ・ド・ポム美術館での回顧展をはじめ、この6月にはドイツのボンでも大規模な絵画のみの回顧展が開かれました。昨年11月、中国の上海ビエンナーレでユネスコ賞を受賞。著書に評論集「余白の芸術」など。哲学者のような風貌も印象的です。

    


彫刻部門受賞者
マルタ・パン

Marta Pan
1923年6月12日生 フランス


 水の上で印象深いフォルムを見せる「浮かぶ彫刻」をはじめ、野外の風景や都市の環境に調和する斬新かつ美しい彫刻で、現代美術に新しい波を起こしたハンガリー出身の彫刻家が、マルタ・パンです。輝く銀色の髪と意志の強そうな瞳が印象深く、率直な人柄も人々を魅了してやみません。
 その作品は、東京の都庁舎の人工池にある「風景の断片」や、横浜関内ホールの「平和」、箱根・彫刻の森美術館の池にある「浮かぶ彫刻」など日本でも数多く見ることができます。ポリエステル樹脂やステンレスのような現代的な素材を使った大胆な形にもかかわらず、風景の中にとけ込み、不思議な調和を醸し出すのです。
 1923年、ハンガリーのブダペスト生まれ。ブダペスト国立美術学校を卒業後、パリに移住し、現代美術の巨匠、フェルナン・レジェやブランクーシと交流を持ちました。現代建築に大きな足跡を残したル・コルビュジェのアトリエで、生涯のパートナーとなる建築家のアンドレ・ヴォジャンスキーと出会って結婚。以降、パリ郊外に住みながら旺盛な創作活動を続けています。
 野外の雄大なスケールに調和する彫刻は彼女の特徴のひとつですが、最もよく知られているのは、水の上の「浮かぶ彫刻」でしょう。オランダのクレーラー=ミューラー美術館の庭園など世界中の美術館や公園に置かれ、市民に親しまれています。まろやかな曲線を描いたシンプルで完成されたフォルムは自然の中に置かれ、おおらかで心地よい空間を生み出します。環境芸術の先駆けをなした彫刻家でもあるのです。
 78歳の今も自宅の庭にあるアトリエで毎日のように制作を行っています。エネルギッシュな活動は衰えることがありません。




建築部門受賞者
ジャン・ヌーヴェル

Jean Nouvel
1945年8月12日生 フランス


 黒の上着に黒のパンタロンという黒尽くめの服装は、いかにも1968年5月革命世代らしい迫力に満ちています。
 「現代性とは何がしかの発展性があることです。60年前の現代建築には人間性や肉感性が欠けていました。誰かに喜びを与えることも建築では重要なのです」
 先史時代のラスコー遺跡や中世建築が残るフランス南西部地方のフュメルに生まれ、当初は画家を目指して国立美術学校に学びましたが、建築に方向転換。72年に同校を卒業すると、フランス建築家運動「1976年3月」を創設して、従来の手法の建築に異議申し立てを行いました。ポンピドゥー・センターの公募などに応募しますが、時代を先取りしすぎたのか、審査員の感覚が古すぎたのか、次々に落選の憂き目を見ました。
 しかし、81年に就任したミッテラン大統領が発表した「グラン・プロジェ」の一環だったセーヌ河畔の「アラブ世界研究所」(1987)では、アラブの伝統的文化とカメラのレンズの仕組みを応用したハイテク機能を駆使し、斬新な設計で一躍、脚光を浴びました。93年の「リヨン・オペラ座」、94年の「カルティエ財団」などでさらに建築家としての評価を高めました。
 目下、パリでは3000点が展示予定の「原始美術館」に取り組む一方で、東京では大手広告会社、電通の汐留新本社ビル(来年10月完成予定)を同時進行させています。「原始美術館」はこの時代の美術に造詣が深いシラク仏大統領の提案によるもので、建築場所はセーヌ河畔のエッフェル塔のすぐ近くです。
 パリの下町の工場跡地を利用した事務所では、約100人のスタッフが働いています。「昔はここではバッグや洋服を作っていました。高級住宅地やシックな地区より、こうした地区で働く方がずっと楽しい」。事務所内は町工場のように活気に溢れています。




音楽部門受賞者
オーネット・コールマン

Ornette Coleman
1930年3月19日生 アメリカ
 

 喧噪に包まれたニューヨーク・ハーレム。レコーディング・スタジオのあるアパート前のストリートにふらり、買い物帰りのビニール袋を下げて現れました。
 「やあ、はるばる日本から来てくれて?」
 “ジャズの革命児”からは、想像もつかない物腰の柔らかさ。71歳ですが、スタジオに入ると、その朝、完成したばかりの曲をサックスで披露してくれました。
 人種差別が激しかったテキサス州フォートワースに生まれ、7歳で父親と死別。残された家族を養うため、独学でサックスを学んだのが、自ら「フリージャズ」の代名詞となる伝説の原点でした。
 「若い頃、私が本当にやりたいことを誰も信じてくれなかったのは、辛かった。音楽家として、たぶん、今が最良の時だろうね」
 ロサンゼルスなど各地で演奏修業を続け、「サムシングエルス」でデビューしたのは、28歳。「ジャズ来たるべきもの」「アメリカの空」でジャズシーンを揺るがせ、独自の世界を結実させた「ゴールデンサークル」は、60年代の最高傑作となりました。
 コードからの解放と新しい即興概念を試みた彼の音楽は、時代を半世紀は先取りしていたといわれます。先鋭的なサウンドは称賛と同時に非難の的ともなり、異才ゆえの孤独を味わってきましたが、「私を否定する人を今は、心から許したいと思うんだ」。
 静かな語り口。自ら構築した音楽理論「ハーモロディクス」の説明は実に難解なものでしたが、「音は全てのことを平等にする」という言葉が印象的でした。それは「音楽の自由」を求め続ける彼の哲学なのでしょう。
 演奏の後、見せてもらった楽譜には「Praemium Imperiale」と曲名がつけられていました。「世界文化賞」に対する彼からの贈りものだったのです。




演劇・映像部門受賞者
アーサー・ミラー

Arthur Miller
1915年10月17日生 アメリカ


 現代演劇の巨匠は、緑に囲まれた裏庭のハンモックで読書にふけっていました。初夏の風に揺れるニセアカシアの巨木をつたって、子リスが駆けていきます。
 「この木は、僕が苗木から育てたんだ」。半世紀近くを過ごした米国北東部のコネチカット州の自宅で、かつての時代を振り返るようにつぶやきました。
 大学時代から劇作家を志し、33歳のときに発表した「セールスマンの死」(1949)でピュリツァー賞を受賞。ウィリー・ローマン一家の悲劇を描き、日本、中国など世界中で公演されてきました。50年以上前の演劇がなぜ、いまも支持を受けているのでしょうか。
 「父、母、息子など家族の根源的な問題は、国や時代を問わず、変わっていない。だからこそ、普遍性を持ち得たのではないかな」
 生み出される作品は、常に時代のうねりを映し出してきました。中世の魔りに題材を取った「るつぼ」では1950年代、米国に吹き荒れた、密告体制ともいえる“赤(共産主義)狩り”の風潮を告発。このため、下院の非米活動調査委員会に喚問されましたが、自ら証言を拒否し、議会侮辱罪で禁固刑(二審で無罪)を受けるなど、信念を貫きました。
 執筆活動の一方、検閲と闘う国際ペンクラブの会長として、独裁国家で抑圧された作家やジャーナリストの救済にも力を注ぎました。「いかに個人の声を、社会に反映させることができるか」。それが、いま一番の関心事だといいます。
 かつての妻だったマリリン・モンロー主演の「荒馬と女」(原題・はぐれもの)や「クルーシブル」(同・るつぼ)など、映画化された作品も数多くあります。
 創作意欲はいまも旺盛で、「シリアスなコメディー」という新作「レザレクション・ブルース」(復活のブルース)を書き上げたばかりです。
 「受賞は非常に光栄。日本に行くのが楽しみだね」。近所に住むミュジーカル作家、スティーヴン・ソンドハイム氏(昨年受賞者)も喜んでくれたそうです。