高松宮殿下記念世界文化賞は、日本美術協会によって1988年に創設されました。
絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像の各分野で、
世界的に顕著な業績をあげた芸術家に毎年授与されます。
国境や民族の壁を越えて全世界から選ばれた受賞者は、
私たちの時代の文化芸術を代表する方々です。
受賞者たちのプロフィール、作品、そして世界文化賞の詳細についてご紹介いたします。

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The 37th
Laureates(2026)

第37回 2026年度 受賞者

絵画部門

ジェニー・ホルツァー

彫刻部門

アンディ・
ゴールズワージー

建築部門

ダニエル・リベスキンド

音楽部門

ヘルベルト・
ブロムシュテット

演劇・映像部門

ケイト・ブランシェット

絵画部門

Jenny Holzer

ジェニー・ホルツァー

1950年7月29日、アメリカ・ガリポリス(オハイオ州)生まれ

米国の現代アートシーンを代表するコンセプチュアル・アーティストの一人で、一般の人々にも直接届くよう、電光掲示板やLED(発光ダイオード)、ビルボードなどの媒体を使い、テキスト(言葉)を用いたアート作品で知られる。ニューヨークの事務所にも“GOOD DEEDS EVENTUALLY ARE REWARDED”(善行はいずれ報われる)といった文を使った作品が置かれている。
米中西部オハイオ州で育ち、真面目で謙虚といった、この土地の気質が「誠実に飾り気なく率直に伝える」という自身の表現の原点となった。1970年代にNYに移り、ホイットニー美術館のインディペンデント・スタディ・プログラムに参加。東西の重要な思想を網羅した膨大な量の読書リストを提示され、指定された本から学んだ思想を短文に要約する過程から、初期の代表作《Truisms(自明の理)》(1977~79年)が誕生した。欲望がいかに自身を破滅させるかを示唆した「私の欲から私を守って」というフレーズはとくに有名だ。
1990年、ヴェネツィア・ビエンナーレでアメリカ代表として女性で初めて個展を開催し、最高賞の金獅子賞を受賞。2001年、自身でテキストを書くことをやめ、詩人や政治家など他者のテキストを使うようなる。「自分一

Painting

彫刻部門

Andy Goldsworthy

アンディ・ゴールズワージー

1956年7月25日、イギリス・チェシャー(イングランド)生まれ

自然から得た素材を用い、作品が置かれる場の持つ特性を生かして制作する「ランド・アート」の第一人者。スコットランド南西部の村、ペンポントに住まいを構え、その豊かな自然の中で制作を続けてきた。「アートと自然は同じもの」という信念が、彼の人生の根幹をなしている。
少年期から青年期をヨークシャーで過ごし、ブラッドフォード美術学校に学ぶ。生計を立てるため同地の農場で働いた経験が、のちの制作の基盤となった。農作業は「多くの人手を要し、一定のリズムの中で行われる、非常に彫刻的な行為だった」と当時を振り返る。
これまで北極圏からタスマニアに至る世界各地で、採集した葉、枝、石、雪、さらに日光や雨などの気象条件や自身の身体も利用し、野外インスタレーションを展開してきた。「手にした葉や石が経た旅路をたどると、その場所への入口が見えてくる」と語るように、制作地の自然と対話することを重んじる。色づいた葉を川面に浮かべたり、枯れ枝を組み上げたりしてつくられる作品は、風景と調和し、繊細で詩的な美しさが宿るが、完成と同時に消えゆく儚いものだ。制作現場に残されたそれらを写真に収めたあとは、自然とともに朽ちるに任せるのが、彼の特徴的な制作スタイルである。
モニュメンタルなプロジェクトも手掛けている。ニューヨークのストーム・キング・アートセンターを約700mにわたって貫く石積みの壁、《ストーム・キング・ウォール》(1997-98年)はその代表だ。近年は、ヨークシャーの国立公園内の歴史的建造物を再建する《ハンギング・ストーンズ》に約10年をかけた。しかしこうした恒久的な作品も、後世に残す意図はないという。「変化を受け入れるものであり、それはある意味希望の行為」だと彼は語っている。

Sculpture

建築部門

Daniel Libeskind

ダニエル・リベスキンド

1946年5月12日、ポーランド・ウッジ生まれ

建築を通じて文化的記憶を喚起する卓越した表現力で知られる、建築・都市デザインの国際的な第一人者。
ホロコースト生存者の両親のもとポーランドのシェルターで生まれた。全体主義体制や反ユダヤ主義の恐怖のなか、幼少期はアコーディオンの天才少年として活躍し、12歳のとき移住先のイスラエルで後の巨匠イツァーク・パールマンらと共に、アメリカ=イスラエル文化財団より奨学金を受けた。しかし、審査員長を務めたヴァイオリニストのアイザック・スターンから「この楽器で君にできることはもう何もない」と告げられアコーディオンを手放し、過酷な出自に導かれるように建築の道を志す。
1959年に渡米してクーパー・ユニオンなどで建築を学んだ後は、思考実験的なプロジェクトに熱中し、長年「建てない建築家」として名を馳せる。ブロンクスの公営住宅にある丸まったキッチンテーブルから独創的な図面を精力的に発表。それは今なお、実務的なタワーや商業施設を手がける際の空間性の「DNA」として生き続けている。
1989年に『ベルリン・ユダヤ博物館』のコンペを勝ち取り、実作への転機を迎える。「形態は機能に従う」のではなく「形態は記憶に従う」という思想を掲げ、伝統的な直角の規範に反抗して無数の角度を用いることで、人々に世界を別の視点から見るための自由を与えてきた。
代表作の『フェリックス・ヌスバウム・ハウス』(1998年)の「出口のない空間」や、『ベルリン・ユダヤ博物館』(

Architecture

音楽部門

Herbert Blomstedt

ヘルベルト・ブロムシュテット

1927年7月11日、アメリカ・スプリングフィールド(マサチューセッツ州)生まれ

現代のクラシック音楽界において、最も尊敬を集める指揮者の一人だ。作曲家が譜面に書き込んだ意図を緻密に具現化し、重厚だが透明で引き締まった音を生み出す。
2歳のときに、アメリカから両親の祖国スウェーデンへ移住。ストックホルム王立音楽院およびウプサラ大学で学んだ後、ニューヨークのジュリアード音楽院でレナード・バーンスタイン(1990年世界文化賞受賞者)に指揮を学び、さらにイーゴリ・マルケヴィチらの薫陶を受けた。また、ドイツのダルムシュタット夏季現代音楽講習会で現代音楽を、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムでルネサンス・バロック音楽を学ぶなど、若くして幅広い音楽的基盤を築いた。
1954年、プロの指揮者としてデビュー。以降、北欧の名門オーケストラの指揮者を歴任。1975年から10年間、当時の東ドイツの名門オーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデン(SSD)で首席指揮者を務め、国際的名声を高め

Music

演劇・映像部門

Cate Blanchett

ケイト・ブランシェット

1969年5月14日、オーストラリア・メルボルン生まれ

オーストラリア出身でハリウッドでも活躍している国際的な俳優、プロデューサー。〝格好いい女性〟の代名詞のようなクールで知的な美貌と、長身を生かした中性的で凛とした魅力に加え、舞台俳優から出発して磨き上げた演技、さらには幅広い社会的活動で世界的に知られている。
オーストラリア国立演劇学院を卒業後、早くから舞台俳優として注目され、1993年にシドニー劇場批評家協会賞の新人賞と最優秀女優賞をともに受賞。その後、活躍の場を映画にも広げ、『エリザベス』(1998年)のエリザベス一世役でゴールデングローブ賞主演女優賞などを受賞するとともに、アカデミー主演女優賞にもノミネートされ、評価を確立した。
2001年から始まった『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズでは、同作のピーター・ジャクソン監督のファンだったことから、ほぼノーギャラで女王ガラドリエルに扮し、持ち味のカリスマ性を発揮。『アビエイター』(2004年)では、米大女優のキャサリン・ヘップバーンを演じ、アカデミー助演女優賞を受賞するなど、世界各国で数々の賞を受賞した。その後も、『アイム・ノット・ゼア』(2007年)でアカデミー賞ノミネート、ヴェネツィア国際映画祭ヴォルピ杯最優秀女優賞。『ブルージャスミン』(2013年)で、アカデミー主演女優賞を受賞した。その後も、『キャロル』(2015年)などの話題作に数多く出演し、『TAR/ター』(2022年)でもゴールデングローブ賞主演女優賞を受賞している。
一方で、ニューヨークのブロードウェーや、ロンドンのウエストエンドなど、世界の主要な劇場にも出演し、『The Present』(2017年)でトニー賞主演女優賞にノミネート。また、映画祭にも貢献し、カンヌやヴェネツィアの

Theatre/Film

The 29th
Grant for Young Artists(2026)

第29回 2026年度
若手芸術家奨励制度

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    2026.9.8

    第37回 高松宮殿下記念世界文化賞 受賞者 / 第29回 若手芸術家奨励制度 発表

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    2026.9.8

    【報道関係の皆様】2026年広報用素材のご利用に関して

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    2026.9.8

    「世界文化賞」国際顧問にパオロ・ジェンティローニ元イタリア首相とパトリシア・バルビゼ フランス大手企業協会会長

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