空間を彩る光と色彩。足を踏み入れた時に得られる「体験」を大切にする建築は、欧米のみならず、日本、中国などアジアでも高く評価されてきた。それぞれの土地の気候や風土に加え、歴史や文化を踏まえた上で、そこに身を置く人たちの思考と感覚を刺激する空間を提供する。
米ワシントン州ブレマートン生まれ。ワシントン大学に学んだ後、1970年、ローマに留学。このときの体験が後の活動に大きな影響を及ぼした。
「毎日パンテオン神殿に足を運んで、光の移ろい、季節や天候による変化を調べた。訪れるたびに新たな発見がありました」と振り返る。2000年以上前に造られた神殿の丸い天窓から差し込む光と色の自在な変化は、「画家になりたかった」という青年の心を深くとらえた。
「今も画家だと思っている」と、その感性は変わらず、毎朝2時間、小さなスケッチブックに描く水彩画には、インスピレーションとアイディアのすべてが詰まっている。日記も欠かさない。
光と色が空間にもたらす効果を示す初期の傑作の一つがシアトル大学の『聖イグナティウス礼拝堂』(1997)。その後ヘルシンキの『キアズマ現代美術館』(ヘルシンキ、1998)、『マサチューセッツ工科大シモンズ・ホール(学生寮)』(2002)など、多くの賞を受賞した建築物を手掛けた。
日本との関わりも深い。1945年8月から46年まで占領軍の一員として日本に滞在した父が持ち帰った着物や伝統工芸品に囲まれ、幼少時から日本に憧れた。特に京都の竜安寺が大好きという。
磯崎新氏の招きで手掛けた福岡市の集合住宅『ネクサスワールド・スティーヴン・ホール棟』(1991)は初の海外進出となった作品。「わび・さび」をコンセプトに、ふすまや障子にアイディアを得て、ライフスタイルに合わせて自由に間取りを変えられる構造だ。また、千葉・幕張でも集合住宅を手掛けている。
近年は経済発展の著しい中国で、大規模な都市開発を行うプロジェクトを手掛ける。北京の『リンクト・ハイブリッド』(2009)、深圳の『ホリゾンタル・スカイスクレイパー(ヴァンケ・センター)』(2009)など、光と色彩の体験に加え、環境にも配慮したモダンな空間は世界的な賞賛を浴びている。
建築家として活躍するかたわら、現在もコロンビア大学で教鞭を執る。若者や音楽家など他の芸術家との交流も、新たなアイディアとエネルギーの源泉になっている。