ヨーロッパのモダニスムとインド文化を融合させ、彫刻を神秘的空間に変貌させる独創的な現代彫刻家である。
シンプルなフォルムの中に深い精神性を表す作品が特徴。「この世に存在するものは、表に現われているものとは違うのだ、という考えに私はいつも惹かれていた」と話す。「物質・非物質」「明・暗」「地・空」など、一つの作品に二重の意味合いを込めた「両義性の作家」とも評されている。
インド・ムンバイに生まれ、1970年代にロンドンに渡り、美術学校でアートを学び始める。1979年、インドを旅行した際、ヒンドゥー教の世界観に触れたことをきっかけに、寺院などで目にした色鮮やかな粉末顔料を使用し始め、《1000の名前》(1979-80)を発表。
その当時、「アートをつくるのではなく、信仰をつくりたい」と語っていたが、以降の作品では、固定的な物質を介在に、その奥に広がる無限の宇宙的な概念を想起させる手法に導かれていく。
1990年代に入ると、「湾曲」をキーワードとし、石、アクリル、ファイバーグラスなどの素材を使い、そこから生み出される虚の空間への関心を高めた。特にステンレスを鏡のように完璧に磨いた皿やお椀状の作品群は自身のレパートリーの中で大きな比重を占めている。
シカゴのミレニアム・パークに設置された巨大彫像《クラウド・ゲート》(2004-06)のように、曲面への光の反射や景色の映り込みの効果が発揮され、それにより平面の肌触りが突如として多次元のものへと変化。目にする者の視覚、知覚に働きかけ、瞑想の入り口に立たせる。
また、近くから見るだけでは全容が把握できないスケールの大きい作品も多数手がけ、オブジェを置いた空間全体を作品として体験させる。ロンドンのテイト・モダンで展示された巨大朝顔のような形状の《Marsyas(マルシュアス)》(2002)や、今年5、6月、パリのグラン・パレで披露された、旧約聖書に登場する巨大な海獣をモチーフにした最新作《Leviathan(レヴァイアサン)》などは、奇抜な構造で観客の度肝を抜いた。
「建築家になるつもりはないが、彫刻にとってスケールはとても重要。スケールを通して観客は作品と対峙し関係を持つのです」
来年7月のロンドン・オリンピックの記念モニュメントである螺旋状の鉄の塔《オービット》(高さ115メートル)のデザインも手掛け、現在、建設が進んでいる。また東日本大震災の文化復興支援計画として磯崎新氏と協働し、東北地方を巡回する可動式コンサートホール(2012年春完成予定)のデザインも担当した。