フィリップ・グラス

Philip Glass

プロフィール

  一定の音型を反復する「ミニマル・ミュージック」の旗手として知られる現代音楽の巨匠。オペラやダンス、映画と活動の幅は広く、自身が「劇場音楽」と呼ぶ曲は、クラシックのみならずロックやポップスにも多大な影響を与えている。幼少時からヴァイオリンとフルートを習い、名門ジュリアード音楽院へ。1965年にインドでシタール奏者のラヴィ・シャンカールと出会い、リズム構造を重視する旋律に決定的な影響を受けた。1967年にはニューヨークに戻り、楽団を結成。1976年のオペラ『浜辺のアインシュタイン』はフランスで絶賛され、映画音楽でも『トゥルーマン・ショー』がゴールデン・グローブ賞最優秀音楽賞に。2005年には愛知万博で代表作『カッツィ3部作』(1982-2002)の映画コンサートを行った。アレン・ギンズバーグやウディ・アレンら他分野の芸術家とのコラボレーションにも積極的。75歳の今も太極拳やヨガの日課を欠かさず、貪欲に音楽の可能性を追求している。

詳しく

  一定の短い音型を反復する「ミニマル・ミュージック」の旗手として知られる現代音楽の巨匠。「音楽は人間が耳で聴く世界に向かっての不断の探求だ」と話し、自身が「劇場音楽」と呼ぶ曲は、オペラや交響曲、ダンス、演劇、映画音楽と、ジャンルを問わない。インド音楽のリズム構造を取り込んだ旋律は、クラシックのみならず、ロックやポップスにも多大な影響を与えている。
幼少のころからヴァイオリンとフルートを習い、15歳でシカゴ大学に入学。卒業後はニューヨークの名門ジュリアード音楽院へ。パリで著名な音楽家を多数育てたナディア・ブーランジェにバッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどクラシックを徹底して学ぶ一方、1965年にインドでシタール奏者のラヴィ・シャンカール(1997年世界文化賞受賞者)と出会い、決定的な影響を受けた。
「いかにリズム構造が音楽の総体を決めてしまうか。自分が学んだものとは全く違うアプローチでできている音楽の存在を知った」
その後、インドや北アフリカの音楽を研究。当時の体験が、後にチベット難民への支援にもつながり、ダライ・ラマ14世との面会に至った。
1967年にはニューヨークに戻り、電子ピアノに電気増幅された管弦楽器などを加えた「フィリップ・グラス・アンサンブル」を結成し、『ワン・プラス・ワン』を初演。1976年にロバート・ウィルソンと共同制作したオペラ『浜辺のアインシュタイン』は、フランス・アヴィニヨン音楽祭で絶賛された。映画音楽でも近年は『クンドゥン』がロサンゼルス映画批評家協会賞・作曲賞に、『トゥルーマン・ショー』はゴールデン・グローブ賞最優秀音楽賞を受けるなど、評価は高い。2005年には愛知万博で代表作『カッツィ3部作』(1983-2002)のシネマ・コンサートを行った。
若い頃にニューヨークでタクシー運転手を経験し、一匹狼的な作曲スタイルが喧伝される。だが、アレン・ギンズバーグやウディ・アレンら他分野の芸術家とのコラボレーションにも積極的だ。
「成功を収めたアーティストが陥りがちなのは、守りに入って古い形式を繰り返し、見かけだけ新しく装ってしまうことだ。コラボレーションで新しい音楽の発想を得ることは、自分に課せられた使命」と言い切る。
75歳の今も、太極拳とヨガの日課は欠かさず、貪欲に音楽の可能性を追求している。

略歴

  1937 アメリカ・メリーランド州ボルチモア生まれ
  1943 6歳でヴァイオリン、8歳でフルートを習う
  1952 15歳でシカゴ大学へ入学
  1956 大学卒業後、ジュリアード音楽院で学ぶ
  1965

パリに留学し、ナディア・ブーランジェに師事

インドでラヴィ・シャンカールと出会う

  1965-66 インド、北アフリカ、アジア、ヒマラヤを旅行
  1967 ニューヨークに戻りミニマル・ミュージックに取り組む
  1968 ニューヨークで最初の作品『ワン・プラス・ワン』初演
  1976 ロバート・ウィルソンとの共作『浜辺のアインシュタイン』
  1994 ジャン・コクトーの映画に基づいたシネマオペラ『美女と野獣』初演
  1995 フランス政府より芸術文化勲章シュバリエ章
  1997 映画『クンドゥン』でロサンゼルス映画批評家協会賞・作曲賞受賞
  2005 来日、カッツィ3部作『コヤニスカッツィ』(1983)、『ポワカッツィ』(1988)、『ナコイカッツィ』(2002)のシネマ・コンサート開催(愛知万博他)
  2012 『浜辺のアインシュタイン』を再演(フランスで初演)