第37回
2026年
音楽部門
Herbert Blomstedt
ヘルベルト・ブロムシュテット
略歴
1927年7月11日、アメリカ・スプリングフィールド(マサチューセッツ州)生まれ
現代のクラシック音楽界において、最も尊敬を集める指揮者の一人だ。作曲家が譜面に書き込んだ意図を緻密に具現化し、重厚だが透明で引き締まった音を生み出す。
2歳のときに、アメリカから両親の祖国スウェーデンへ移住。ストックホルム王立音楽院およびウプサラ大学で学んだ後、ニューヨークのジュリアード音楽院でレナード・バーンスタイン(1990年世界文化賞受賞者)に指揮を学び、さらにイーゴリ・マルケヴィチらの薫陶を受けた。また、ドイツのダルムシュタット夏季現代音楽講習会で現代音楽を、スイスのバーゼル・スコラ・カントルムでルネサンス・バロック音楽を学ぶなど、若くして幅広い音楽的基盤を築いた。
1954年、プロの指揮者としてデビュー。以降、北欧の名門オーケストラの指揮者を歴任。1975年から10年間、当時の東ドイツの名門オーケストラ、シュターツカペレ・ドレスデン(SSD)で首席指揮者を務め、国際的名声を高めた。このドレスデン時代、冷戦の真っただ中にあって、SSDの古風で深みのある音色を生かした『ベートーベン交響曲全集』『シューベルト交響曲全集』など、クラシック界の遺産とも評される歴史的名盤を残した。
1985年にアメリカのサンフランシスコ交響楽団の音楽監督に就任すると、その実力を世界トップクラスへと引き上げた。当時の演奏と録音は、高い完成度が世界的に評価され、米グラミー賞を複数回受賞した。
その後も、ドイツのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のカペルマイスター(音楽監督)などを歴任。厳格なリハーサルを通じて、オーケストラの実力を底上げしてきた。
日本との縁も深く、1981年の初共演以来、NHK交響楽団とは45年にわたる信頼関係を築き、同楽団の「桂冠名誉指揮者」を務めている。東日本大震災の復興支援では、2014年に、チャリティーコンサートとしてNHK交響楽団の定期公演で指揮を執った。また、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団からは、2019年に「名誉団員」の称号を受けている。
敬虔なキリスト教信仰に基づき、禁酒、禁煙を貫く。そのストイックなライフスタイルが、高齢の現在もなお現役の指揮者として活躍を続ける活力の源泉となってきた。
「対話型」の指揮で、楽団員との信頼関係に基づく協働によって最高峰の演奏を引き出すスタイルは、現代の指揮者のあるべき姿を示している。
北欧の作曲家の作品では、フィンランドのジャン・シベリウスとデンマークのカール・ニールセンの交響曲を積極的に取り上げた。特にサンフランシスコ交響楽団と録音した『ニールセン交響曲全集』は、ニールセン作品の世界的な普及を大きく後押しした。
70年以上にわたり第一線で活躍し続け、その軌跡を残す膨大な録音とともに、過去から現代への「架け橋」として、特別な存在意義を放っている。その長きにわたる音楽活動において権威ある賞を数多く受けており、近年では2018年に、春の叙勲で日本の音楽文化の向上と発展に寄与した功績が認められ、外国人叙勲として「旭日中綬章」を受章した。2022年には、ドイツの音楽文化への長年の功績から、ドイツ連邦共和国功労勲章大功労十字星章を受章している。
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バークシャー音楽センターでのタングルウッド音楽祭にて 1953年
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野外音楽フェスティバル『スターン・グローヴ・フェスティバル』でサンフランシスコ交響楽団を指揮 1985年
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サンフランシスコ交響楽団の演奏会 1988年頃
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サンフランシスコ交響楽団のアジア演奏旅行にて 1992年
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サンフランシスコ交響楽団員と 1992年
サンフランシスコのゴールデンゲートブリッジ -
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート 2025年9月
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ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会でブルックナー『交響曲第9番』を指揮 2025年
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スウェーデン・ヨーテボリの自宅にて 2025年
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サンフランシスコ交響楽団桂冠指揮者として、グスタフ・マーラー『交響曲第9番』を指揮 2026年