第37回
2026年
建築部門
Daniel Libeskind
ダニエル・リベスキンド
略歴
1946年5月12日、ポーランド・ウッジ生まれ
建築を通じて文化的記憶を喚起する卓越した表現力で知られる、建築・都市デザインの国際的な第一人者。
ホロコースト生存者の両親のもとポーランドのシェルターで生まれた。全体主義体制や反ユダヤ主義の恐怖のなか、幼少期はアコーディオンの天才少年として活躍し、12歳のとき移住先のイスラエルで後の巨匠イツァーク・パールマンらと共に、アメリカ=イスラエル文化財団より奨学金を受けた。しかし、審査員長を務めたヴァイオリニストのアイザック・スターンから「この楽器で君にできることはもう何もない」と告げられアコーディオンを手放し、過酷な出自に導かれるように建築の道を志す。
1959年に渡米してクーパー・ユニオンなどで建築を学んだ後は、思考実験的なプロジェクトに熱中し、長年「建てない建築家」として名を馳せる。ブロンクスの公営住宅にある丸まったキッチンテーブルから独創的な図面を精力的に発表。それは今なお、実務的なタワーや商業施設を手がける際の空間性の「DNA」として生き続けている。
1989年に『ベルリン・ユダヤ博物館』のコンペを勝ち取り、実作への転機を迎える。「形態は機能に従う」のではなく「形態は記憶に従う」という思想を掲げ、伝統的な直角の規範に反抗して無数の角度を用いることで、人々に世界を別の視点から見るための自由を与えてきた。
代表作の『フェリックス・ヌスバウム・ハウス』(1998年)の「出口のない空間」や、『ベルリン・ユダヤ博物館』(2001年)の造形の中心に配された何も展示できない「ヴォイド(空虚)」など、均質な秩序から来館者を「ずらす」ことで歴史の裂け目を体感させてきた。
2003年には、米ニューヨーク同時多発テロ跡地(グラウンド・ゼロ)の再開発コンペでマスタープランを勝ち取る。元の場所にビルを戻そうとする周囲の規範に反抗し、タワーの痕跡を「聖なる空虚」として保存。利害が交錯する高密度な都市の中心に「不在」を据え、滝で喧騒を遮断することで、市民が一人で歴史の重みと向き合い、未来へ視点を組み替える自由な公共空間を現出させる基本計画だった。
「建築も音楽と同様に身体そのものと結びついている」と語るように精緻な聴覚と身体感覚を持ち、アルゴリズムに支配されない手描きにこだわり続ける。次世代には「他人の流れに従わず、リスクを恐れず夢を追え。失敗のほうが大きな意味を持つこともある」と訴え、過去の重みを引き受けながら「建築は沈黙が支配する場所で語らねばならない」と説く。
ヴェネツィア・ビエンナーレ金獅子賞(1985年)、ドイツ建築賞(1999年)、ゲーテ・メダル(2000年)、ヒロシマ賞(2001年)、ドレスデン平和賞(2023年)を受賞。フランス芸術文化勲章シュヴァリエも受章している。
現在、アインシュタインの生誕地である南ドイツ・ウルム市で『アルベルト・アインシュタイン・ディスカバリー・センター』のプロジェクトが進行中である。科学的業績や平和主義の精神を伝えるこの最先端施設は、過去の記憶を紡いできたリベスキンドが、偉大な科学者の精神を通じて未来への探求を語りかける、新たな道標となるだろう。
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『ベルリン・ユダヤ博物館』 ドイツ 2001年
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『ロイヤル・オンタリオ博物館』 カナダ・トロント 2007年
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『連邦軍軍事史博物館』 ドイツ・ドレスデン 2011年
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『リフレクションズ・アット・ケッペル・ベイ』 シンガポール 2011年
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『ケー・ボーゲン』 ドイツ・デュッセルドルフ 2013年
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『サファイア』 ドイツ・ベルリン 2017年
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『ロイファナ大学フォーラム』 ドイツ・リューネブルク 2017年
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『マギーズ・センター(ロイヤル・フリー病院)』 イギリス・ロンドン 2024年
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自作の素描とともに 『ベルリン・ユダヤ博物館』 2026年5月